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■アンサイン■
コレクターの中には、サインの無いものを評価したがらない人もいるようですが、第二次大戦前は多くのジュエリーがサイン無しで市場に出ていました。箱のみにサインがあったりタグを付けられたりして、本体にサインが付けられなかったものはアンサインとなってしまいます。ですから、サインの有無は必ずしもジュエリーの価値を決めるものではありません。ある本の著者はコスチュームジュエリーの評価はサインの有無ではなく、1.デザイン 2.オリジナリティー 3.技術 4.材料の質 5.状態 で見分けるべきであると、アドバイスしています。
■ACCESSOCRAFT■
ACCESSOCRAFT:1930-1998 The Accessocraft Products Companyは Edgar Rodelheimer と Theodore Steinmanが1930年しました。ジュエリーは上質なメーカーとして分類され、貴重な中世のデザインで1960年代に人気を集めました。を含めたよい質で、多くのアイテムが持っていた多くのアイテムが、アール・デコ装飾であったり、ルネッサンス調、ビクトリア調、アール・ヌーボー、ロココ式の装飾が施されていました。また珍しい石を、アンティークゴールドトーンやブロンズメタルに装飾することが多かったようです。1930年代に作られたアイテムの多くは明らかなアール・デコ様式でした。マークは「Accessocraft」や1940年から「Plastigold」、1945年から「Feathergold」です。そして1998年に操業を止めました。
■ALICE■
「 ALICE 」Alice Jewelry Company は1950年創業のアメリカの Rhode Island のジュエリーメーカーです。現在も営業しています。
■AMCO■
AMCOアムコ社は1919年創業。金や金メッキ、シルバーを使ったジュエリーが多く、エレガント、クラシックなデザインです。Van Dellと並んで評価されています。
■ANSON■
ANSONは1938年に設立されましたが、第二次世界大戦時に生産を停止しました。その後、1948年から男性用のカフスやタイピンを製造し始めました。1967年には女性用のジュエリーも生産されました。ANSONのジュエリーはティファニーのストアでも販売されたほど高品質なものでした。1983年にはANSONは破産しましたが、C&J社とティファニーがその生産ラインを受け継ぎ、今でもANSONジュエリーとして続いています。
■ART■
「 ART 」 アート
ARTはArt Mode Jewelry Creations Inc. のサインで、現在は消滅して無くなった会社です。1940年代から60年代の後半まで、ミドルからハイクラスのコスチュームジュエリーをたくさん制作し、世に出していました。
■AVON■
AVONは、1886年に設立され、1930年にエイボン・プロダクツにその名前を変更しました。作られたジュエリーは、質は様々ですがサラ・コベントリーとコロの平均的なジュエリーの質に匹敵します。エイボン製品は高価格や低価格の物を含めて、主にホームパーティーなどで消費者に直接売られました。またエイボンは自身の会社でジュエリーを作らず、他のデザイナーや工場に生産を委託していました。エイボン製品をデザインした著名な人物はケネス・ジェイ・レーン、エリザベス・テーラー、フェリシアなど多数で、それらのジュエリーには「{designername} for AVON」とマークされます。エイボンは、現在もコスチュームジュエリーを販売しています。
■BAL-RON■
BAL-RONは、定かではないが、1950年~1965年まで営業しており、ロードアイランド州プロビデンスにJC Keystone が設立した会社です。半貴石を使用した高品質なジュエリーを製造しました。
■B.DAVID■
B.DAVID はオハイオのシンシナティに1945年に設立されました。品質は平均以上。1990年まで宝石を製造しましたが、その後、パリのデブラ・モアランドに売却されました。
■Beaucraft■
Beaucraft社ロードアイランドに1947年に設立、「BEAU」と「Beaucraft」ジュエリーを展開しました。
この会社は、半世紀以上の間かつて作られたことのない美しく独創的で素晴らしいスターリングシルバーのジュエリーを制作する生産者のうちの1つに数えられました。
デザイナーは独創性、万能で欠点がつけられないほどの腕前を持っていました。
ヴィンテージのBeauのジュエリーは非常にコレクタブルな収集価値の高いジュエリーであるあると考えられています。
■B.S.K.■
B.S.K.はニューヨークに拠点をもち、1948年より70年初めまで営業活動を続けました。B.S.K.は3人のオーナーBenny SteinbergとHy SlorittとMr. Kasloのイシャルです。非常に小さい会社でしたが名前を知られた会社です。すべてオリジナルデザインのジュエリーで、ゴールドにパールやラインストーンを使った作品を制作しました。
■CARNEGIE, HATTIE■
CARNEGIE, HATTIE 1900年代-1970年代 ハッティー・カーネギーはオーストリアのウィーンに1996年に生まれましたっそして彼女が6歳のときに家族と一緒にアメリカ合衆国へ移住しました。1900年代の初頭に、彼女とローズ・ロスは、ニューヨークにドレスと帽子のお店を開きました。彼女は帽子をデザインし、一方でロスはドレスを縫いました。小売りにおける彼女の成功によって、彼女は自分の会社であるHattie Carnegie, Inc.を設立することなり、ドレスやジュエリーをデザインし、製造するようになりました。カーネギージュエリーのデザインは彼女独自の創造で、彼女は、市場に出回るトレンドのジュエリーのデザインを決してコピーしませんでした。また、ジュエリーは常に高価でした。その結果、映画スターであるジョーン・クロフォードをはじめ、多くの銀幕のスターが、カーネギーのジュエリーを買い求めました。彼女のジュエリーは収集価値のある高いコレクタブルジュエリーをして評価され、市場にもあまり多くが出回りません。マークは「HC」あるいは「HAC」がダイヤモンドの中に書かれている。または「Carnegie」の、または「Hattie Carnegie」。Carnegie companyは1956年に彼女の死の後にラリー・ジョセフに売られ、1970年代に閉じました。
■DAVID ANDERSEN /アンデルセン /D-A /DAVID-ANDERSEN ■
「アンデルセン」アンデルセンの童話でおなじみの名前ですが、「 DAVID ANDERSEN 」 と言って、北欧はノルウェーのシルバージュエリーの作家・ブランドです。ちなみに、日本では アンデルセン と呼びますが、英語では 「アンダースン」と発音しなければ通じません。19世紀の後半に ノルウェーのオスロで デビッド・アンデルセンさんが会社をおこし、現在にいたっています。良質で洗練されたジュエリーデザインが人気を呼び、現在はリングやペンダントトップで、数万円を下ることはありません。ビンテージものでは、なぜか チョウチョ のモチーフが多く、エナメルを表面に施したデザインが多いようです。
刻印は 「D-A」 であったり 「DAVID-ANDERSEN 」 であったりします。「D-A」 の場合は見逃しやすいのでご注意を! 特にビンテージはレアで高値です。
■Castlecliff■
Castlecliffは1918年にニューヨークで設立され、宝石産業の中で非常に評判が高いメーカーでした。その美は女性に非常に重要視され、今となっては1つでも見つけられたら幸運であると言われるくらい価値があるものとなっています。当時は、最も高級なデパートのみで販売され、Castlecliffは、重厚かつ驚くほど工夫された企画の中で申し分なく演出されていました。商品の品質は誰が見ても明白です。デザインはアール・デコからヘビーゴシック様式、ルネッサンス様式まで広い範囲。1977年にカーネギー産業に吸収され、その後、ピエールカルダンとなったようです。
■Coro■
Emanuel Cohn と Gerard Rosenbergは、1901年ニューヨークにジュエリーとアクセサリを売る小さな店を開きました。当時、誰もあの「Coro」となる会社だとは思わなかったでしょう。Coroの名前はCohnのCoとRosenbergのRoを取って組み合わせたものです。はじめのマークは「CR」でした。しかし1920年代中頃までに、コロの会社はコスチュームジュエリー業界で最大のメーカーに大成長し、2,000人以上の労働力を持っていました。また米国のあらゆる都市に小売店がある程でした。会社は広範囲なデザインのスタイルを企画し莫大なボリュームでプロディースしました。それはすべてのコスチュームジュエリーの平均価格を決定するようなものでした。安物雑貨店でわずか数ドルの物から高級ジュエリー専門店で数百ドルする品までカバーした大規模な生産ラインも持っていました。Coroの品は世界的に愛好家がいるコレクターズアイテムとなり高値で取引されていますが、1930年代から1950年代までのCoroが最も良質だと言われています。そしてメキシカンスターリングの物はかなりのコレクターズアイテムです。マークとしては1919年以来使用された「Coro」のほかにも、1937年から製造が始まった希少な「Corocraft」「 Francois」マークは第二次世界大戦まで、贅沢なコスチュームジュエリーを求める、より裕福なハイエンドの顧客層のために使用されたマークです。その後、1944年からは、彼らの最高級ブランド「Vendome」が登場しました。またいくつかの年度限定のマークの品がたくさん出ています。それらはすべてコレクターズアイテムです。WWIIの頃には「ペガサス」マークも登場しました。コロは1979年に米国で生産を止めました。カナダのコロ社は今日まだ運転中です。
■Danecraft■
Danecraftはシルバーや金張りのジュエリーを多く作りました。Victor PrimaveraとJames Felch はロードアイランドのプロビデンスに1934年にFelch & Co.を立ち上げました。創業当初からDanecraftやCマークを使用しましたが、1945年には 社名もDanecraftとしました。1977年には創業者の二人は会社を去りました。
■De Nicola■
De Nicola, ジェリー・デ・ニコラはDe Nicola社を1950年代にNYで創業しました。ゴールドプレートメタルにラインストーンを使用した、職人の精巧な腕前を演出したジュエリーが特徴です。今ではコレクターズアイテムとしての地位を築いているレアなメーカーです。その会社は1970年代に操業を止めました。
■DeMARIO■
DeMARIO 1945~1965年。Robert De Marioはミリアム・ハスケルのために働いた後に1945年にニューヨークで会社を設立しました。De Marioのジュエリーは美しいデザインで特徴づけられます。手縫いの真鍮を頻繁に組み込む優れた腕前は一続きになり、切子面のあるオーストリアビーズやラインストーン、多くのデザインと調和するように色づけたフェイクパールを使用して作られました。ファッション性、デザイン性ともに高い評価を受けました。ジュエリーは非常に希少で、コレクタブルマーケットではハスケルに負けないくらい高値で収集されるジュエリーのひとつです。
■EMMONS JEWELLERS■
EMMONS JEWELERS INCはSARAH COV.とAVONの姉妹会社。1949年にチャールズスチュアートがニューヨークで創業。製造はすべて外注し、主にデザインとマーケティングを行ないました。1981年に廃業しました。主にホームパーティで販売を行ないました。
■ESTEE LAUDER■
「ESTEE LAUDER(エスティ ローダー)」は、1946年にエスティ・ローダーによってニューヨークで生まれました。現在エスティローダーの化粧品やスキンケア商品・香水などは、世界中の百貨店などで販売され、世界的メーカーの1つとなっています。
■Esposito Jewelry, Inc.■
Esposito Jewelry, Inc.:ロードアイランドのコスチュームジュエリーメーカーです。Espo のマークは1951年から使用されています。
■Florenza■
Florenzaはニューヨークに本拠があるDan Kasoff社のマークです。Floenzaは、1956年に誕生しました。Florenzaは、ビクトリア朝時代のルネサンス復興様式のジュエリーに影響を受けた特殊なデザインをしています。また、デザインは複雑で、別注の優れたラインストーンによって装飾されており、アンティークゴールドトーンの優れた金属細工の台座にセットされます。一般的にFlorenzaジュエリーは、品質、技量、材料、デザインが優れています。会社は1981年に閉鎖されましたが、今でもコレクターの間で人気のFlorenzaは高値で取引されています。
■GERRYS■
「GERRYS(ゲリーズ)」は1950年代に創業し、Xマスものや、動植物をデザインしたジュエリーを中心に世に送り出していました。
■GIOVANNI■
GIOVANNIは1959年にロードアイランド州のプロビデンスに創業しました。上品なカラーと自然をモチーフした、優美なデザインが魅力のジュエリーです。
■GIVENCHY■
GIVENCHY:ユベール・ド・ジヴァンシーは1927年にフランスで生まれ17歳のときにファッションデザインを始めました。1952年には、Givenchyが、高級で斬新なデザイナーズ衣類と、宝石を含むアクセサリを扱う、自分のブティックを開きました。Givenchyのジュエリーはヘビーウエイトゴールと銀メッキの金属で作られた高品質デザイン。ラインストーン、ガラス、ルーサイト、およびプラスチック・ビーズとシュミレーティドパールを使用しました。ジヴァンシーは1995年に辞任するまで才能を発揮し、その素晴らしいデザイン感覚と腕前だったと知られています。
■GORHAM■
GORHAM社は1831年にアメリカのプロビデンスに小さな銀製のスプーンを製造するショップとして創業しました。そして世界最大のシルバーメーカーに成長したのです。ゴーハムの銀製のスプーンはコレクターズアイテムです。
1928は、1968年創業。ロンドン・パリ・ビクトリア調アメリカのアンティークジュエリーを正確に再生しているメーカーです。ジュエリーの裏側のメタルに刻まれた、渦巻き模様が特徴です。
■HOPE CHEST■
The Hope Chest 社はミネアポリスに創業して、1960年代ごろに活躍した幻のコスチュームジュエリーカンパニーです。ほとんど世の中に出回っていませんが、高い技術力と高品質の素材を惜しみなく使用したコスチュームジュエリーとしてコレクターズアイテムになっています。
■H. Pomerantz■
H. Pomerantzハーマン・ポメランツは、なんと19世紀、おそらく1840年代に創業をはじめ1960年代まで、ベルト・バックル、ボタン、ジュエリーを生産してました。19世紀に、H.ポメランツは、ベルト、バックル、ブックチェーン、ボタンに生産を限定したように見えます。ポメランツは、1930年代に多くの非常に多くのビクトリア朝リバイバルジュエリーを作りました。またいくつかのデザインの特許を取りました。
■JAPAN■
JAPANの刻印は、第二次大戦後(1945~1960年代)の日本製。敗戦後、国の復興のために日本の昔からの技法でつくられた品質の良い品がたくさん輸出されました。貴重な作品が次々と作られ、優雅で華やかな戦勝国の社交場へと輸出されていきました。 変わったビーズが多く、現代では見られない正真正銘のビンテージビーズを使用していますので、パーツとしてみてもかなりの価値があるのでは。。。これは50年以上経って里帰りを果たしたお品です。
■JJ■
J.J.はJonette Jewelry Co.,の商標です。1935年に創業。動物、お守り、アールデコスタイルをモチーフにした斬新なデザインが多く、クリスマスピンも人気があります。1970年代までのサインはコピーライトシンボルの前か後ろにJ.J.とマークされています。
■Judy Lee■
Judy Lee 1959年にBlanch-Ette会社(シカゴ)がジュディ・リーのコスチュームジュエリーをプロディースしました。
主にラインストーン、シミュレートパールを使ったジュエリーを製造して、シルバーメタルの土台にはJudyLeeと刻印されました。
会社は、エモンズやサラ・コベントリーおよびエイボンに似たマーケティングと流通の方法でホームパーティーによって売られました。市場にそれほど出回っていないので、確かなことは解りかねますが、品質は標準以上、明らかに高品質なラインストーンをつかった伝統的なデザインのジュエリーも多数あります。
■JULIANA■
ジュリアナ(JULIANA)ジュエリーは、1950-60年代に、De Lizza Elsterと言う名のコスチュームジュエリーメーカーが制作したラインストーン使いのジュエリーです。その特徴は、大小様々な形のラインストーンを使用し、メタル部分は比較的目立つことが無く、ガラスの特徴、美しさをきわだたせたもので、通常は石は爪留めです。接着や金属にエナメルを施す例外もあります。金属部に刻印をすることなく、ハングタッグを付けて販売しましたのでオリジナルのハングタッグが付いたまま残るストック品でない限り、それがDe Lizza & Elsterのジュリアナジュエリーと断言することは困難です。De Lizza & Elsterは1990年代まで存続しましたが、ジュリアナ (or JULIANA type)ジュエリーと呼べるのは、1950,60年代のものだけです。現在では世界中にコレクターがいます。
■KRAMER■
KRAMER は、1943年にLouis Kramer により創立され1970年代に倒産して消滅しました。アメリカのコスチュームジュエリーメーカーです。1950年代にはディオール(Dior) 用にジュエリーを生産した時期もあります。主にハイクラスの卓越したデザインを手がけました。
■KJL■
KJL/ケネス・ジェイ・レーンのジュエリーはダイアナ妃、ジャクリーン・ケネディー、オードリー・ヘップバーン、エリザベス・テーラー、ヒルトン姉妹、マドンナ、サラ・ジェシカ・パーカー、ニコール・キッドマン・・・。ケネス・ジェイ・レーンのジュエリーに魅せられた有名人を数え上げたらきりがありません。そんな人々に愛される理由は、彼の作品が着ける人の個性をより輝かせるからにほかなりません。超セレブを飾った彼のビンテージ・ジュエリーは、クリスティーやサザビーなどのオークションで高値で取り引きされ、なかには2,200万円と宝石並の値段で落札されたものもあります。1963年に自身のブランド KJL を立ち上げたケネス・ジェイ・レーンは、「ジュエリーデザイナーの生きた伝説」「今世紀最高のファンタジージュエリーデザイナー」などと、敬意を込めて呼ばれています。有名シューズブランドのデザイナーからスタートし、 シューズにマッチしたイヤリングを手がけるようになり、ニューヨーク五番街には彼のイヤリングを置いていない店はない、とまで言われるようになりました。その後40年以上も名声は高まるばかりです。 ゴージャスで優雅なKJL のジュエリーのベースにはロストワックス製法(精密鋳造)のメタルが使われ、ゴールドのものは18金がプレーティングされています。本物の宝石のように輝くカラーストーンには、スワロフスキー製の最高級クリスタルが多用され、ディテールにまでこだわった細工が施されています。
■LAGUNA■
LAGUNA ラグナジュエリーは、Royal Craftsmen Inc.,NYによって1944年に設立されました。シュミレーティッドパールやカラーラインストーン、オーストリアクリスタルなどのビーズを多用しました。会社は1980年に生産を止めました。
■Jaycraft■
Jaycraft は、ニューヨークに1946年ごろに創業した Heiferman Berger, Inc の商標です。
■Ledo■
1948~63年、ニューヨーク。Ledoの前身The Leading Jewelry Manufacturing Co.,は1911年に設立されました。1948年より1963年までLedoのマークを使用。1960年代にPolciniと改称、80年に廃業。Ledoジュエリーは手組みで高品質な上レアなため、コンディションの良いジュエリーはコレクターズアイテムです。
■Leru■
Leru は PELTON LERU 社の商標。NYに1950年代に創業し1960年代に廃業したらしい (?)。LERUのマークがはじめてつけられたのは1956年からです。
■LISNER■
LISNERはニューヨークに設立された、コスチュームジュエリーのメーカーで、1930年代に LISNER のサインを使い始めました。LOW COSTの買いやすいお値段のジュエリーから始めたと聞きますが、当店でよく入荷する LISNERのアイテムはとてもしっかりとした作りの、きれいなアイテムのほうが多いよう に思います。その多くはラインストーン使いです。会社の吸収、買収などを繰り返された末、1980年代に LISNER ブランドでの製品生産は終わったようです。
■MARBOUX■
MARBOUXはBOUCHERの初期の作品。入手困難のコレクターズアイテム。フランス生まれのブーシェは1910年代後半から、カルティエで見習工として働いていましたが、1937年the Marcel Boucher and Cie Campanyをニューヨークに立ち上げました。そこで、誰よりも優れた素晴らしいコスチュームジュエリーを生み出していったのです。サファイア、エメラルド、ルビー色のラインストーンを使い、トルコ石、パール、高品質のエナメルでアクセントをつけたジュエリーは、折り紙付きです。技術的にも”本物と見まごうばかり”と評価されたのです。1965年の死後、有能なデザイナーでもある妻のサンドラが引き継ぎ、1972年まで営業しました。ほとんどの作品にはマークと目録番号が付いています。初期マークはMARBOUXあるいはMB。後にMARCEL BOUCHERやBOUCHERとマークされました。
■MAMSELLE■
MAMSELLE (B. B. GREENBERG CO.):1962―1995年、B.B.グリーンバーグ社は、1962年にRonald C. Green Jr.と Richard H. Pierceそして Noel M. Field Jr.によってプロビデンス(RI州)にMamselleジュエリーの本部が設立されました。ジュエリーデザインは、ブラッシュドゴールドトーンの金属を多用し、いくつかのデザインは、エナメルペイントされました。また、明瞭なクリスタル・ラインストーン、シュミテーティッドパールを使ったジュエリーも制作していたようです。Mamselleジュエリーの基本はA-Zは文字ブローチです。そのほかに動物物のシリーズが有ります。
■MAZER■
MAZER: 1917 – 1951 AND JOMAZ; 1946 – 1970s :Mazer兄弟(ジョーゼフとルイス)はフィラデルフィアで1917年にジュエリービジネスを始めて、1927年にNYCに会社を移動させました。その後、その会社はJoseph Mazer and Companyと名を変えました。有名なマルセル・ブーシエが会社のデザイナーとして活躍しましたが、ブーシエが自分の会社を創設するために1930年代中頃に去りました。ジュエリーは、最高級のスワロフスキー・ラインストーンとクリスタルを使用した高品質な品です。ですから現在、コレクターが熱心に求める品です。1949年7月以降製造のジュエリーには「MAZER BROS」や「Mystere」とマークされています。また1946 ~ 1981年は「MAZER」か「JOMAZ」、 1946~1981年は「JOSEPH MAZER」
■MIRIAM HASKELL■
MIRIAM HASKELLはアメリカンエステイトジュエリーメーカーの最高峰。世界中の裕福なコレクターが捜し求めるメーカーです。1899年インディアナ州の田舎町に生まれたハスケルは1924年ニューヨークに移り、McAlpine Hotelにコスチュームジュエリーブティックを開きました。そこで、デザイナーFrank Hessの才能を見抜き、共に1926年Miriam Haskell Companyを創設しました。彼女の顧客は、ファーストレディやエリザベス女王を初めとする当時を代表する裕福な人々でした。ミリアムハスケルの作品にサインが入ったのは1938年になってからで、それ以前はアンサインです。
■MONET■
MONETは1929年創業。日本でも人気の高級ジュエリーメーカーです。モネの作品はアートモダンなデザインで、常に時代の先端を行きました。丈夫で質も高く、モダンなデザインは評価も高まるでしょう。初期の作品やシルバーの物はコレクターの垂涎ものです。
■MYLU■
MYLUはデザイナーLynne Gordon と Marge Borofskyによって1960年代に創業しましたが、1968年にCOROに吸収されてしまいました。現存する品は数少ないコレクターズアイテムです。
■マーベラ社■
マーベラ社は1911年フィラデルフィアで創業。1948年にマーベラパール社という人工真珠を製造する会社を設立して「最も美しい人造パール」と広告したジュエリーなどを製作していました。1950年代が最盛期で、1982年にTRIFARI社に買収され、その技術はトリファリが受け継ぎました。現在では、ダブル・トリプルストランドのパールネックレスはコレクターズアイテムとなっています。
■NAPIER■
NAPIER(ネピア社)は1875年マサチューセッツ州に創設されたシルバー製品を作っていた会社が前進となっています。第一次大戦後シルバーからモダンジュエリーに製作をシフトし、1922年に社名をNapier Companyに変えて、今日に至っています。デザインは、幾何学模様や花などを用いたものが多く、モダンでシンプルです。金メッキのメッシュやシルバーのジュエリーに人気があります。今日も営業されており、主なデパートで多くの作品を売っています。色んなマークを使っていますが、全にNapierの名が入っています。
■PARKLANE■
PARKLANEはJewels by Park Lane社の商標。1955年にシカゴで創業した高級ジュエリーメーカーです。サラコベントリーやAVONと同じくホームパーティでの販売をしました。すべての世代の女性や男性のジュエリーまで展開していました。パークレーンは現在も創業しています。
■Renoir■
Renoir(ルノアール)は50年代の銅ジュエリーの流行を生み出したメーカーで1946年にロサンジェルスで設立されました。この会社は銅の金属から作られたジュエリーで有名だっただけでなく、スターリングシルバーも使用しました。モダンアートに傾いた現代の抽象的デザインのジュエリーを作りました。ほとんどがハンドメイドです。1964年に廃業。
■SARAH COV■
SARAH COV.(サラコベントリー)は1949年にニューヨークで創業。姉妹会社はEmmons。1984年に廃業しました。関連書籍は3冊以上出ています。ホームパーティーを通してのみ販売を拡大して行きました。当時のスターやモデルが身に着けたことによりアメリカ中に広まりました。色々なデザイナーに依頼して制作しましたが、上質の物になるとトリファリやコロと同じように評価されています。また作品全てにタイトルがつけられています。
■Selini■
Seliniの刻印入りです。1930~1960年代廃業。デザイン 高品質のラインストーン をふんだんに使って高級感溢れる作品に仕上げているジュエリーメーカーですが会社情報の記録が少ない為 謎の多いメーカーです。
■SORRENTO■
SORRENTO:創立者の名前を名乗るビンセント・ソレントカンパニ-は、1911年に設立されました。しかし、社名は1922年以前にUncas製造業会社に変更されました。スターリングシルバーを使ったジュエリーを演出しました。
■SPHINX■
SPHINX:1948-2000 スフィンクス会社は高品質のコスチュームジュエリーを製造した有名な会社。S. Rootがイギリスに1948年に約200-300人もの人を雇って創業した。演出されたコスチュームジュエリーはどれも高品質な構造でで作られており、美しくデザインされ、ファインジュエリーの外観を持ちました。スフィンクスは、ケネス・ジェイ・レーンやバトラー&ウィルソン、ファイブアベニュー、ニーマン・マーカス、ブルーミンデールなどのデザインナーのために製造を行ないました。そのほかにいくつかのデパート用のジュエリーの需要を補う為、アンサインで製造して販売していたようです。コレクティブな収集価値のあるものは、楕円形のプレートに「SPHINX」とあり、製造番号が書かれたものです。
■SWAROVSKI■
ダニエル・スワロフスキーは1862年にオーストリアでスワロフスキーを設立し、1892年には、後にスワロフスキーとして知られる、ダイヤモンドに似せたカットクリスタルの技術を確立させました。当時スワロフスキーは世界中にラインストーンとクリスタルを供給するトップサプライヤーでした。ダニエル・スワロフスキーはクリスチャン・ディオールと一緒に1955年にオーロラボリアリスを開発しました。スワロフスキーは当初、生産数を限定して、コレクターズクラブのメンバーにのみに販売されました。マークは1957年までは「COMET」でした。その後1989年までは「S.A.L.」と少し後に白鳥マークもつきました。そして1977年から 「SWAROVSKI」の札が付きました。
■Trifari■
Trifari社は1912年創業の高級ジュエリーメーカー。ハンドセットによる精巧な作りでスワロフスキー・ラインストーンを使用して「ラインストーンの王様」と呼ばれました。1950年代ファーストレディーのマミー・アイゼンハワーからの注文を受ける事で、トリファリのステータスが確立されました。トリファリ社はコスチュームジュエリーメーカーでは最も知られた存在で、世界中にコレクターの非常に多い、収集価値の高いコスチュームジュエリーです。
■VANDELL■
VANDELL ヴァン・デル社は、ロードアイランド州のプロビデンスに1943年、高品質のコスチュームジュエリーを作る会社として設立されました。スターリングシルバーや、金張り、金メッキのボディに高品質のラインストーンなどを使った、本物のファインジュエリーに近いジュエリーを作りました。高品質の物が多いことから決して安くは無いですが、コレクターに求められるメーカーです。会社は1970年にホールマークに売られ、1998年にコリブリの一製造ラインになりました。VANDELLジュエリーは今日まだ製造されています。
■Vendome■
Vendome 1944年~ ヴァンドームはコロの子会社でCOROブランドの最上級のジュエリーラインを製造する会社として設立されました(トヨタのレスサスのように)。Vendomeマークは1944年から使われましたが、実は1960年代まではそれほどポピュラーではありませんでした。大部分のデザインはヘレン・マリオンというヴァンドームのプリンシパルデザイナーが行ないました。基本的に、ヴァンドームはCorocraftを補充する形で、Coroで作られた高品質のジュエリーにもVendomeがマークされました。ヴァンドームのジュエリーは、最高級の輸入ラインストーンと切子面のあるクリスタルビーズを使用しました。最終的にヴァンドームの成功を支えた主要な要因は、この最高品質の金属細工と、最高級の輝きと透明感のラインストーンとの組み合わせから作り出される、芸術的に表現されたデザインが徐々に認められたからです。Vendomeのジュエリーは大いに収集価値があるブランドで、更に価格も上昇し続けるべきコレクターズアイテムと言えます。
■WEST GERMANY■
第二次大戦直後(1945~1950年代)、敗戦し分断され西ドイツとなった戦後復興の時代、少ない物資の中から、このような手作り品の産業で復興を目指したようです。貴重な作品が次々と作られ、優雅で華やかな戦勝国の社交場へと輸出されていきました。変わったビーズが多く、現代では見られない正真正銘のビンテージビーズを使用していますので、パーツとしてみてもかなりの価値があるのでは。。。歴史の重みとゲルマン魂を感じるお品です。JAPANやW.GERMANYの刻印はコレクターにも人気があります。
■WEISS■
WEISS, アルバート・ワイスは1942年にAlbert Weiss Company Inc.をNYに設立しました。ワイスは1950年代~1960年代に掛けて繁栄しました。ワイスのジュエリーは優れた高品質のラインストーンを使用しました。今、ワイスジュエリーは高く評価されており、コレクタブルなメーカーとして年々価格が高騰しています。現在の評価額はEisenberg や Bogoff ジュエリーに匹敵すると言われています。そして1971年に操業を止めました。
■WHITING DAVIS■
WHITING DAVIS: – チャールズホワイティグは1907年にチェーン製造業会社Wade Davis Companyの所有者パートナーになった。それに伴い会社名がWhiting and Davis Companyに変わりました。その会社は、主に銀メーカーであり、銀メッキや金メッキ、メッシュの鎖を作っていましたが、その後、ファッション・アクセサリーの生産ラインを作りました。そのジュエリーは、得意であるメッシュの作品や、金・銀メッキのお手本のような素晴しいジュエリーでした。またキラキラ光る時期製品の応用のような素材を紹介しました。デザインは、1950年代当時において、美術館にふさわしいアンティークジュエリーを再現したようなデザインでした。
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